坂崎紫瀾
坂本龍馬の名を初めて世の中に知らしめたのは、坂崎紫瀾(さかざきしらん)だと言われています。
坂崎紫瀾は、明治期のジャーナリストであり、小説家、歴史研究家、自由民権運動家でもありました。
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明治13年に、高知県の政治団体「立志社」の機関紙である「土陽新聞」の編集長に就任します。
その年の9月、歴史小説「南の海血汐の曙」の連載を開始しました。
この小説には、坂本龍馬、間崎滄浪、平井収二郎ら明治維新で活躍した志士たちが登場します。
そして明治16年には、坂本龍馬を主人公とした「汗血千里の駒(かんけつせんりのこま)」の掲載が「土陽新聞」に開始されます。
この小説が大評判となり、連載中に複数の出版社から単行本化されると、全国的に坂本龍馬の名が広まっていきました。
優秀で、取り上げるべき人材が豊富な維新史において、坂本龍馬の名が特別に注目されるようになったのは、この作品によるものとされています。
坂崎紫瀾最大の功績は、坂本龍馬の発見であるという意見もあるほどです。
自由闊達で度量の大きい人間という龍馬像も、この作品の中で確立され、個性の強い女性たちに取り囲まれているといった人間関係も、この作品で見出されているものです。
今日、龍馬伝として最もよく読まれているとされている、司馬遼太郎の「竜馬がゆく」も、坂崎紫瀾の「汗血千里の駒」がなければ生まれなかったと言われています。
NHKの2010年大河ドラマ「龍馬伝」では、第一回目に坂崎紫瀾が登場しています。
当時はまだ無名だった坂本龍馬について、坂崎紫瀾が取材をするという設定で、岩崎弥太郎の視線から捕らえた「龍馬伝」が描かれているものです。
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