土佐藩階級

江戸時代は、武士の身分にも階級がありました。
その中でも、坂本龍馬のいた土佐藩は、ほかの藩に比べ階級制度が厳格で、徹底した差別化が260年間も続けられていました。

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関ケ原の戦いの後、掛川(静岡県)から山内一豊とともに引き連れられた武士たちは「上士」と呼ばれ優遇されていましたが、旧領主である長宗我部家の遺臣たちは一領具足の層のものが多く、郷士という「下士」として、農作業をしながら戦時に備える下級武士として扱われました。
同じ土佐藩の藩士でありながら、上士と下士は、潜在的に対立関係にあったとされています。

幕末の動乱期に、土佐藩に坂本龍馬などの変革の志士を輩出した理由は、そこにあると考えられています。
上士と下士という身分の違いから受ける差別への、蓄積した「怨念」が、幕末時において沸点に達したというわけです。

大河ドラマ「龍馬伝」第一回のタイトルは、「上士と下士」です。
郷士の身分であった坂本龍馬や岩崎弥太郎の、幼い頃の思い出や成長してからのエピソードのなかで、その身分階級の理不尽さを描いています。
「龍馬伝」のなかで、福山雅治演じる龍馬がこのように言っています。
「下士も上士も、のうなるがじゃ。」
そういう世の中にしたいと願いつつ、その方法はいまだに見出せてはいない。
ただ、ケンカ(暴力)では変えることが出来ないということだけはわかっている。
と、龍馬はそう続けます。

これは、亡き母・幸の言葉でもありました。
その母は、かつて幼い龍馬が上士を怒らせ無礼討ちにされそうになった際、決死の覚悟で上士を止めに入った人だということです。

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