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    <title>龍馬伝にもっと興味！</title>
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    <updated>2010-06-25T04:59:40Z</updated>
    <subtitle>2010年1月から始まった大河ドラマ
「龍馬伝」が人気です。
そして、日本では今、歴史ブーム、龍馬ブームです。
その坂本龍馬のこと、「龍馬伝」のこと詳しくのせました。</subtitle>
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    <title>小説「竜馬がゆく」</title>
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    <published>2010-06-25T04:58:38Z</published>
    <updated>2010-06-25T04:59:40Z</updated>

    <summary>龍馬伝としてよく知られている書籍の一つに、作家・司馬遼太郎さんの作品である「竜馬...</summary>
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        <![CDATA[<p>龍馬伝としてよく知られている書籍の一つに、作家・司馬遼太郎さんの作品である「竜馬がゆく」があります。<br />
この小説は、1962年6月21日から産経新聞の夕刊において連載が始まり、約4年後の1966年5月19日に終えたものです。<br />
</p>]]>
        <![CDATA[<p>単行本としては、1963年に発刊が始まり1966年までに全5巻が、文藝春秋より刊行されました。<br />
その後、文春文庫全8巻も刊行されました。<br />
どちらも今では改版されたものになっています。</p>

<p>この、単行本にして全5巻という長編の歴史小説は、司馬遼太郎さんの代表作の一つとなっています。<br />
長年にわたって多くの方に読まれ続けており、中には、「青春の書」にとどまらず、愛読書として幾度となく読み返されている方も少なくないと思います。<br />
また、今までに何度もテレビドラマ化されたこともあり、世間一般において共通のイメージとして描かれる龍馬像は、この作品によって作られたとも言われています。<br />
この作品が龍馬像を確立したとされる逸話として残っているものに、坂本龍馬の誕生日があります。<br />
当初、坂本龍馬の誕生日には諸説がありましたが、この小説において「11月15日」が使用されたため、その後、「11月15日」が龍馬の誕生日として確立したのだそうです。</p>

<p>司馬遼太郎さんが、この龍馬伝を執筆することになったきっかけは、産経新聞時代の後輩に当たる、元産経新聞社常務の故・渡辺司郎氏に、出身地である高知県の偉人、坂本龍馬のことを書いて欲しいを依頼されたことだそうです。<br />
当初はあまり乗り気でなかった司馬さんも、資料を調べていくうちに、面白さを感じ始め、執筆に至ったのだそうです。</p>

<p>この龍馬伝小説、「竜馬がゆく」は、坂本龍馬を「龍馬」ではなく、「竜馬」となっています。<br />
この書籍の影響で、「竜馬」なのか「龍馬」なのかを迷われるという方も少なくないのではないでしょうか。<br />
司馬遼太郎さんが、「龍馬」を「竜馬」とされたことには、理由があるのです。</p>

<p>まず、多くの方がイメージされる龍馬の人物像、「竜馬がゆく」のなかで描かれている龍馬像のイメージを要約してみます。<br />
『「幼い頃は泣き虫で落ちこぼれであった彼が、成長するとともに身体が大きくなり、剣術に秀で、向かうところ敵なしとなる。<br />
髷を結わずに、ブーツを好み、「わしはフリーじゃ。」といい、豪快に笑う。<br />
男気があり、女性にも好感をもたれ、モテていた。<br />
そして、その行動力で世界を動かし、それとともに数々の名言を残す。』</p>

<p>司馬遼太郎さんは、自分の描く、こうした龍馬の人物像をフィクションとするために、あえて「竜馬」と表記したのだそうです。</p>

<p>「竜馬がゆく」が書かれた時代は、日本は高度経済成長期でした。<br />
司馬遼太郎さんの描かれた坂本龍馬の姿は、多くの人々が上を向いている時代のヒーローとしての龍馬像であり、龍馬伝であったとも言えます。<br />
しかしながら今は、100年に一度とも言われる不況が長引く時代であり、現代にあうヒーローとしての龍馬像や龍馬伝も必要なってきているとも言えます。</p>

<p><br />
</p>]]>
    </content>
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    <title>DVD「坂本龍馬の生涯」</title>
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    <published>2010-06-25T04:57:48Z</published>
    <updated>2010-06-25T05:05:17Z</updated>

    <summary>坂本龍馬の生涯に迫るドキュメンタリー「坂本龍馬の生涯」が、DVDで発売されていま...</summary>
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        <![CDATA[<p>坂本龍馬の生涯に迫るドキュメンタリー「坂本龍馬の生涯」が、DVDで発売されています。</p>]]>
        <![CDATA[<p>土佐の郷士の末っ子として生まれ、剣術の腕を磨いた少年時代から、近江屋での暗殺という非業の死を遂げるまで、坂本龍馬の人生は、時間的には満年齢31歳という短い生涯でした。<br />
しかし、江戸で遭遇したペリー来航や土佐藩の脱藩、寺田屋事件、薩長同盟締結、大政奉還などと、彼の人生は駆け抜けるような生涯だったともいえます。<br />
このDVDには、生誕の地である高知をはじめとする、京都、長崎、鞆の浦などの龍馬ゆかりの地を丹念にめぐり、写真や愛用の品々などの貴重な資料の数々、さらに、龍馬直筆といわれる手紙も、すべてハイビジョン映像で収録されています。<br />
ナレーターは、司馬遼太郎さん原作の龍馬伝ドラマの一つである「龍馬がゆく」で坂本龍馬役を演じた上川隆也さんです。<br />
彼の演じる龍馬は、「龍馬のイメージにピッタリ」と龍馬ファンからも認められ、大好評を博しました。</p>

<p>NHKの大河ドラマ「龍馬伝」の放送により、2010年は今まで以上に坂本龍馬への注目度が高まっています。<br />
それに伴い、龍馬に関するさまざまな刊行物が出版されていますが、貴重な映像を満載し龍馬の真の姿に迫ったこのDVDは、これから龍馬を知ろうという龍馬初心者から、筋金入りの龍馬マニアまで、あらゆる龍馬ファン必携の一枚といわれています。<br />
また、「坂本龍馬幕末歴史検定」公認のDVDともなっていますので、検定受講者には見て欲しい、おすすめのDVDとも言えます。<br />
</p>]]>
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    <title>「日本で初めて」のこと</title>
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    <published>2010-06-25T04:56:44Z</published>
    <updated>2010-06-25T04:57:39Z</updated>

    <summary>多くの龍馬伝の中で「時代の先を行く人物」とされている龍馬ですが、その元となる逸話...</summary>
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        <![CDATA[<p>多くの龍馬伝の中で「時代の先を行く人物」とされている龍馬ですが、その元となる逸話をご紹介しましょう。</p>]]>
        <![CDATA[<p>◆日本初の会社設立<br />
1865年（慶応元年）、勝海舟の紹介で薩摩藩の援助を得て、長崎・亀山の地に貿易結社「亀山社中」を設立し、長崎のグラバー商会と取引を開始しました。<br />
貿易と、航海の技術の習得を目的としていましたが、亀山社中の最大の目的は薩長の関係修復の仲介など、倒幕のための活動でした。<br />
その後、龍馬の脱藩が許されると、土佐藩の外郭機関となり「海援隊」と改称され、龍馬はその隊長となります。<br />
亀山社中は、日本で初めての会社組織といわれています。<br />
そのメンバーは脱藩浪人がほとんどでしたが、制服の白い袴から「亀山の白袴」と呼ばれ、長崎では周囲に受け入れられていたとされています。</p>

<p>◆日本初の新婚旅行<br />
1867年（慶応2年）1月に京都の寺田屋で襲われた龍馬は、寺田屋の養女であったお龍（りょう）の機転で、命を落とすことなく脱出に成功しました。<br />
そして、その後結婚したお龍とともに、薩摩藩に保護されます。<br />
このとき負傷した傷を癒すために、西郷隆盛らの勧めで鹿児島県の霧島周辺へと、お龍を連れて療養に向かいました。<br />
滞在中は、霧島登山などをお龍と楽しんでいたことが、龍馬の姉・乙女への手紙からもうかがうことができます。<br />
療養のための滞在ではありましたが、新婚だったことと、その楽しそうな様子から、この旅行が日本で初めての新婚旅行だと言われるようになりました。<br />
大河ドラマ「龍馬伝」では、真木よう子さんがお龍を演じています。</p>]]>
    </content>
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    <title>龍馬の名言</title>
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    <published>2010-06-25T04:54:51Z</published>
    <updated>2010-06-25T04:55:40Z</updated>

    <summary>龍馬の残した名言は多く、さまざまな龍馬伝の中でも取り上げられていますが、中には、...</summary>
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://justin-zone.com/">
        <![CDATA[<p>龍馬の残した名言は多く、さまざまな龍馬伝の中でも取り上げられていますが、中には、人伝えとして残されているものも少なくありません。<br />
ここでは、史料として実際に残されている名言をご紹介します。</p>

<p>◆「世の人はわれをなにともゆはばいへ、わがなすことはわれのみぞしる」<br />
この和歌は、坂本龍馬が姉の乙女宛てに作った詠草集である「詠草二」に収められています。<br />
意味は、「世の中の人たちが自分のことを何と言おうが言わせておけばよい（何と言われようが私は構わない）、自分がとっている行動の行く末は自分だけが知っている。（自分が信念を持ってやっていることは自分だけがわかっている。）」と、されています。<br />
この「詠草二 和歌」は京都国立博物館に収められています。</p>

<p>龍馬は、三十数首の和歌を残したといわれています。<br />
ほかの幕末の志士とは異なり、叙情的で柔らかい歌がほとんどですが、この歌は、龍馬には珍しい直情的ともいえる歌となっています。<br />
そのため、この詠草集が作られた時期は1861～1867年の文久慶応年間ではなないかとされていますが、この歌自体が詠まれたのはまだ若い頃で、龍馬自身が以前に詠んだ歌として覚えていたものを、十数年後に詠草集に入れたのではないかとされています。<br />
一般的に言われているのは、龍馬16歳ごろの作というものです。<br />
大河ドラマ「龍馬伝」の、第1～2回のころの龍馬です。<br />
少年期、勉強も剣術も出来なかった龍馬の、内に秘めた意志の強さが感じ取れる歌となっています。</p>

<p>日本で初めての会社組織を作った龍馬のこの歌は、成功者の言葉として、起業家の方々が座右の銘とされることの多い歌でもあります。</p>

<p>◆「日本を今一度せんたくいたし申候」<br />
（日本を今一度洗濯いたし申し候）<br />
この言葉は、龍馬の生きた道をよくあらわしているとともに、龍馬の名言として一番良く知られている言葉ではないかと思います。<br />
多くの龍馬伝では短い言葉として使われていますが、実は、姉の乙女に宛てた長い手紙のなかの一節を抜き出したものです。<br />
その書状は京都国立博物館に所蔵されています。</p>

<p>乙女は龍馬より3歳年上で、多くの龍馬伝の中では、大柄で男勝りな性格として描かれています。<br />
12歳で母親を亡くした龍馬の母親代わりとなり、泣き虫だった龍馬を、厳しく、また優しく育て上げたそうです。<br />
龍馬も乙女をこと慕っていて、脱藩後も頻繁に手紙を書き送っています。<br />
この言葉が書かれた手紙は、1863年（文久三年）9月29日付けのものです。</p>

<p>手紙の冒頭で、「この文は極大事の事ばかりにて」として、他言無用と釘を刺しています。<br />
そして、「然に誠になげくべき事はながとの国に軍初り、後月より六度の戦に日本甚利すくなく、あきれはてたる事ハ、其長州でたたかいたる船を江戸でしふくいたし、又長州でたたかい候<br />
是皆官司の夷人と内通いたし候ものにて候<br />
（中略）<br />
同志をつのり、朝廷よりまづ神州をたもつの大本をたて、（中略）右申所の官吏を一度に軍いたし打殺、日本を今一度せんたくいたし申候事ニいたすべくとの神願ニて候」と続きます。<br />
意味は、次のようなことです。<br />
「長州藩が外国船に攻撃をしたが、日本が得るものは少ない。<br />
あきれた事に、幕府は長州で破損した外国船を江戸で修復し、また長州で戦わせている。<br />
官吏が外国人と密通しているのだ。<br />
同志を集め、日本という国を立て直すという志のもと、官吏を倒し、日本を今一度洗濯することを願っている。」</p>]]>
        
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    <title>乙女宛の手紙</title>
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    <published>2010-06-25T04:54:00Z</published>
    <updated>2010-06-25T04:54:36Z</updated>

    <summary>現在、坂本龍馬が書いたとされる手紙は、直筆以外に筆写されたものもあり、中には、信...</summary>
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://justin-zone.com/">
        <![CDATA[<p>現在、坂本龍馬が書いたとされる手紙は、直筆以外に筆写されたものもあり、中には、信憑性を疑問視される手紙もありますが、全部で130余通が残されています。<br />
姉の乙女宛の手紙が最も多く、13通、乙女宛と推定されるものや、乙女との連名宛のものを含めると18通となります。<br />
</p>]]>
        <![CDATA[<p><br />
坂本龍馬は、母親代わりだった乙女をとても慕っており、脱藩してからもいろいろな場所から頻繁に手紙を送っていたようです。<br />
名言として残る龍馬の言葉の多くも、乙女宛の手紙の中の一節から取り上げられています。<br />
乙女宛の手紙からはどれも少しふざけた感じを受け、龍馬伝の多くから得られる龍馬像とは違った印象を受けます。<br />
しかしその反面、そのことからも乙女を信頼し慕っていたことがわかります。</p>

<p>京都国立博物館収蔵の、1866年（慶応2年）12月4日付けの乙女宛の手紙は、お龍（りょう）との新婚旅行先である薩摩から送った手紙です。<br />
妻となったお龍の紹介とともに、霧島登山の模様が、自筆のイラスト入りで面白可笑しく綴られています。<br />
そのなかでも特に有名な一節は、霧島山の高千穂峰山頂に突き刺さる「天の逆鉾」を引き抜いたというくだりです。<br />
龍馬は、天狗の面をしたその逆鉾をとても気に入り、古来より恐れ多くて誰も触ろうとしなかったであろう逆鉾を、「二人で両側から天狗の鼻を押さえて、エイヤと引き抜くと、わずか四～五尺のもので、また元通りにおさめた」と話しています。</p>

<p>剣術や武術、弓術にも秀でていた男勝りな女性であったとされる乙女も、この手紙には驚いたことでしょう。<br />
大河ドラマ「龍馬伝」のなかでも、乙女と龍馬のやりとりは見どころの一つになっています。</p>]]>
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    <title>龍馬の人となり</title>
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    <published>2010-06-25T04:52:37Z</published>
    <updated>2010-06-25T04:53:53Z</updated>

    <summary>坂本龍馬の人となりは、正史の中ではあまり残されてはいないとされています。 その手...</summary>
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        <![CDATA[<p>坂本龍馬の人となりは、正史の中ではあまり残されてはいないとされています。<br />
その手がかりとするために、同時代を生きた人物の言葉を少し集めてみました。</p>]]>
        <![CDATA[<p>◆土佐藩郷士であり、龍馬の幼馴染であった平井収二郎が、妹加尾に送った手紙のなかの言葉です。<br />
「（前略）もとより龍馬は人物なれども、書物を読まぬ故、時としては間違ひし事も御座候へば、よくよく御心得あるべく候（後略）」<br />
『もとより龍馬は人物（優れた人）ではあるが、書物を読まないので、時には間違いを犯すこともある』<br />
この手紙は、龍馬の脱藩を知った収二郎が、加尾が龍馬に影響を受けることを危惧して書いたといわれています。<br />
収二郎は剣術より知略に長けていたとされ、龍馬を好ましく思っていなかったようです。<br />
「龍馬伝」では、平井収二郎を宮迫博之さんが、加尾を広末涼子さんが演じています。</p>

<p>◆長府藩士、三吉慎蔵の言葉です。<br />
「過激なることは豪も無し。<br />
かつ、声高に事を論ずる様のこともなく、至極おとなしき人なり。<br />
容貌を一見すれば豪気に見受けらるるも、万事温和に事を処する人なり。<br />
但し胆力が極めて大なり。」</p>

<p>◆勝海舟が、龍馬について維新後に語った言葉です。<br />
「彼はおれを殺しに来た奴だが、なかなか人物さ。<br />
その時おれは笑って受けたが、沈着いてなんとなく冒しがたい威権があってよい男だったよ。」<br />
「龍馬伝」では、武田鉄也さんが演じています。</p>

<p>◆西郷隆盛は次のように語っています。<br />
「天下に有志あり、余多く之と交わる。<br />
然れども度量の大、龍馬に如くもの、未だかつて之を見ず。<br />
龍馬の度量や到底測るべからず。」</p>]]>
    </content>
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    <title>土佐弁</title>
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    <published>2010-06-25T04:51:44Z</published>
    <updated>2010-06-25T04:52:25Z</updated>

    <summary>大河ドラマ「龍馬伝」では、土佐弁が使われています。 土佐弁は、古い時代の西日本方...</summary>
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://justin-zone.com/">
        <![CDATA[<p>大河ドラマ「龍馬伝」では、土佐弁が使われています。<br />
土佐弁は、古い時代の西日本方言の特徴が強く、関西弁に近いと言われてもいるのですが、独特な言い回しが多く、「龍馬伝」で龍馬を演じている福山雅治さんも、「土佐弁は難しい」と話しています。</p>]]>
        <![CDATA[<p>土佐弁は、語尾に使用する言葉に特徴があります。<br />
状態を表す「～ている」は「～ちゅう」で、「行っている」や「知っている」は、「行っちゅう」や「知っちゅう」となります。<br />
疑問文には「～が？」がつきます。<br />
ドラマや映画で登場する土佐弁は、「～ぜよ」という言葉が使われることが多いですが、実際には、現在はあまり使われておらず、明治・大正生まれの高齢者に限られるそうです。</p>

<p>土佐弁の登場する作品は、その方言だけでも印象に残るものが多いように思います。</p>

<p>アニメ「海がきこえる」は、氷室冴子原作の小説を、1993年にスタジオジブリがアニメ化した作品です。<br />
ほぼ全編にわたり、土佐弁が話されています。<br />
1995年にはテレビドラマ化もされ、今でも高知や東京のロケ地を巡る熱心なファンらがいるそうです。</p>

<p>ドラマ「スケバン刑事」では、主人公・麻宮サキの使う決めゼリフ「おまんら、許さんぜよ」などの土佐弁が有名となりました。</p>

<p>1982年公開の映画「鬼龍院花子の生涯」での、夏目雅子さんの「なめたらいかんぜよ」というセリフも有名です。<br />
この映画は、高知を舞台に、大正・昭和の侠客鬼龍院政五郎と、その娘花子の波乱万丈の生涯を描いたもので、監督・五社英雄の最高傑作とも言われています。<br />
宮尾登美子の小説が原作ですが、このセリフは原作にはありません。<br />
</p>]]>
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    <title>五色石</title>
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    <published>2010-06-25T04:50:56Z</published>
    <updated>2010-06-25T04:51:39Z</updated>

    <summary>高知県の桂浜は、坂本龍馬が幼少期によく遊んだとされている場所です。 また多くの龍...</summary>
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        <![CDATA[<p>高知県の桂浜は、坂本龍馬が幼少期によく遊んだとされている場所です。<br />
また多くの龍馬伝のなかでは、桂浜に立つ龍馬が、遠く海のはての外国に思いを馳せるというシーンが描かれています。</p>]]>
        <![CDATA[<p>その桂浜は、弓状の砂浜の海岸ですが、以前の桂浜には、「五色石」といわれる玉石がたくさんあったそうです。<br />
五色石とは、その名前の如く五色の色をした石のことです。<br />
一つの石が五色になっているのではありません。<br />
赤・緑・グレー・白・黒と、色の異なった五種類の石のことです。</p>

<p>異なる色を持った岩石は、それぞれ四国山脈の間を流れる仁淀川の上流から海へと運ばれる途中で削られ、丸くなっていきます。<br />
その石たちが、波によって浜辺へ打ち上げられたものが五色石となります。<br />
赤色は玄武岩が赤色に変わったもの、緑色はぎょう灰岩といわれる火山灰がかたまったもの、グレーは砂岩、白色は白濁したチャートや石英脈、そして黒色は黒色頁岩という岩石の持つ色です。</p>

<p>以前は、桂浜に来た記念にと、五色石を拾って帰る観光客が多かったそうですが、今の桂浜には五色石はほとんど見られなくなってしまったようです。<br />
仁淀川の上流に建設されたダムや、護岸工事、テトラポットの大量設置による徴収の変化などの影響で少なくなったとされています。<br />
また、龍馬伝がひろく知れ渡り、龍馬ゆかり地である桂浜を訪れる人の数が増えたことによって、そこから持ち帰られる石が増えたことも原因と言われています。<br />
今では、お土産屋さんで袋詰めの五色石を購入することができます。</p>]]>
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    <title>グラバー商会</title>
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    <published>2010-06-25T04:50:11Z</published>
    <updated>2010-06-25T04:50:51Z</updated>

    <summary>長崎の観光名所の一つにグラバー園があります。 園内には、スコットランドから幕末の...</summary>
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://justin-zone.com/">
        <![CDATA[<p>長崎の観光名所の一つにグラバー園があります。<br />
園内には、スコットランドから幕末の日本に来たトーマス・ブレーク・グラバー氏が、1863年に建てた邸宅のほか、リンガー邸、オルト邸、ウォーカー邸という当時の洋館が移築されています。</p>]]>
        <![CDATA[<p>トーマス・ブレーク・グラバー氏というのは、幕末の長崎に「グラバー商会」を設立し、貿易業を営んでいた人です。<br />
坂本龍馬の亀山社中とも取引があり、亀山社中がグラバー商会から薩摩藩名義で買い付け、長州藩へ斡旋したゲベール銃3,000挺、ミニエール銃4,300挺が、薩長和解の最初の契機となったとされています。</p>

<p>2000年代になり、トーマス・グラバー氏が秘密結社フリーメイソンのメンバーであったとする説が浮上してきました。<br />
彼の興したグラバー商会は、アヘン戦争を推進したイギリスの「ジャーディン・マセソン商会」の長崎代理店であり、彼の肩書きは「マセソン商会・長崎代理人」でした。<br />
龍馬は、亀山社中の創設などに関しても、グラバー氏の影響を強く受けていたとされていることから、当時の東洋最大手のイギリス武器商会の営業マンのような存在であったのでないかという主張もあり、三段論法式に龍馬とフリーメイソンを結びつける説も出ています。</p>

<p>グラバー園内のグラバー邸には、フリーメイソンのマークをあしらった石柱があることから、より真実味を帯びることになっていますが、この石柱は1966年に寄贈、移築されたものだそうです。</p>

<p>龍馬伝においてグラバー商会は切り離せない存在ですが、大河ドラマ「龍馬伝」では、その関係が一体どのように描かれるのでしょうか。</p>]]>
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    <title>修行中心得大意</title>
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    <published>2010-06-25T04:49:07Z</published>
    <updated>2010-06-25T04:50:06Z</updated>

    <summary>19歳になった坂本龍馬は、剣術修行のため江戸へと向かいます。 その龍馬へ、父・直...</summary>
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://justin-zone.com/">
        <![CDATA[<p>19歳になった坂本龍馬は、剣術修行のため江戸へと向かいます。<br />
その龍馬へ、父・直足は、「修行中心得大意」と題する訓戒書を書いて渡しました。</p>]]>
        <![CDATA[<p>『修行中心得大意』<br />
一、片時も不忘忠孝 修行第一之事<br />
（片時も忠孝の心を忘れずに、修行を第一とすること。）<br />
一、諸道具ニ心移り 銀銭不費事<br />
（道具に目移りし心を奪われ、無駄遣いをしないこと。）<br />
一、色情ニうつり 国家之大事をわすれ、心得違有間じき事<br />
（色恋にうつつを抜かし、国家の大事を忘れ、心得違いをしないこと。）<br />
右 三ヶ条胸中ニ染メ修行をつミ 目出度帰国専一ニ候<br />
以上<br />
丑ノ三月吉日 老父<br />
龍馬殿</p>

<p>この訓戒書の中で、「この三か条を胸に刻み、修行を積み、めでたく帰国することを心がけるように」と、父は戒めています。<br />
自らのことを「老父」と書いていますが、それにも理由があります。<br />
龍馬は、直足が40歳の時の子どもであり、直足はそのことをずっと気にかけていたようです。<br />
「龍馬は年取ってできた子だから、そう長い付き合いはできないと思っていたが、（略）」<br />
というセリフが、大河ドラマ「龍馬伝」のなかでも出てきます。</p>

<p>この「修行中心得大意」は、現在、京都国立博物館に収蔵されています。<br />
龍馬は、紙に包んだこの訓戒書に「守り」の一文字を書き、肌身離さず持っていたとされています。<br />
とても綺麗な状態で残っていたようなので、実際に身につけていたということではなく、荷物に入れていたのではないかといわれています。</p>

<p>「龍馬伝」では、第3回「偽手形の旅」で、この修行心得が、渡されています。</p>]]>
    </content>
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    <title>土佐藩階級</title>
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    <published>2010-06-25T04:47:52Z</published>
    <updated>2010-06-25T04:48:59Z</updated>

    <summary>江戸時代は、武士の身分にも階級がありました。 その中でも、坂本龍馬のいた土佐藩は...</summary>
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://justin-zone.com/">
        <![CDATA[<p>江戸時代は、武士の身分にも階級がありました。<br />
その中でも、坂本龍馬のいた土佐藩は、ほかの藩に比べ階級制度が厳格で、徹底した差別化が260年間も続けられていました。</p>]]>
        <![CDATA[<p>関ケ原の戦いの後、掛川（静岡県）から山内一豊とともに引き連れられた武士たちは「上士」と呼ばれ優遇されていましたが、旧領主である長宗我部家の遺臣たちは一領具足の層のものが多く、郷士という「下士」として、農作業をしながら戦時に備える下級武士として扱われました。<br />
同じ土佐藩の藩士でありながら、上士と下士は、潜在的に対立関係にあったとされています。</p>

<p>幕末の動乱期に、土佐藩に坂本龍馬などの変革の志士を輩出した理由は、そこにあると考えられています。<br />
上士と下士という身分の違いから受ける差別への、蓄積した「怨念」が、幕末時において沸点に達したというわけです。</p>

<p>大河ドラマ「龍馬伝」第一回のタイトルは、「上士と下士」です。<br />
郷士の身分であった坂本龍馬や岩崎弥太郎の、幼い頃の思い出や成長してからのエピソードのなかで、その身分階級の理不尽さを描いています。<br />
「龍馬伝」のなかで、福山雅治演じる龍馬がこのように言っています。<br />
「下士も上士も、のうなるがじゃ。」<br />
そういう世の中にしたいと願いつつ、その方法はいまだに見出せてはいない。<br />
ただ、ケンカ（暴力）では変えることが出来ないということだけはわかっている。<br />
と、龍馬はそう続けます。</p>

<p>これは、亡き母・幸の言葉でもありました。<br />
その母は、かつて幼い龍馬が上士を怒らせ無礼討ちにされそうになった際、決死の覚悟で上士を止めに入った人だということです。</p>]]>
    </content>
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    <title>坂本龍馬の家系</title>
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    <published>2010-06-25T04:46:48Z</published>
    <updated>2010-06-25T04:47:46Z</updated>

    <summary>坂本龍馬の家系は、清和天皇を祖とする清和源氏の流れを汲む、美濃源氏の嫡流、土岐氏...</summary>
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://justin-zone.com/">
        <![CDATA[<p>坂本龍馬の家系は、清和天皇を祖とする清和源氏の流れを汲む、美濃源氏の嫡流、土岐氏より分かれた明智光秀の娘婿、明智秀満の末裔とされていますが、これは、坂崎紫瀾の小説「汗血千里の駒」のなかでの創作とも言われています。<br />
</p>]]>
        <![CDATA[<p>また、坂本龍馬自身は、紀貫之の子孫と称していたと言われており、墓石の名は「坂本龍馬紀直柔」と彫られています。</p>

<p>坂本家の家系として記録が残っているものは、1588年（天正16年）の才谷村の検地での、3番目の百姓としての登録が最初のようです。<br />
このことから、三代目太郎左衛門までは名字を持たない百姓の身分だったと考えられています。<br />
四代目守之、五代目正禎は、才谷村の字の一つでもある「大浜」を家名として名乗っていました。</p>

<p>1666年（寛文6年）、三代目太郎左衛門の次男八兵衛が、高知城下で才谷屋という質屋を開業し、豪商となります。<br />
1730年（享保15年）頃には、藩主に拝謁を許されるまでになります。<br />
1770年（明和7年）、六代目直益は、郷士の株を買い、長男直海に郷士坂本家の初代として分家をさせ、次男直清には商家才谷屋を継がせます。<br />
こうして、名字帯刀を許された郷士坂本家が誕生したのです。<br />
養子として入った白札郷士山本覚右衛門の次男が、坂本家三代目直足となり、その次男が、坂本龍馬（直柔）です。<br />
直足は、白札郷士の次男として武家としての格式を重んじた人であり、大河ドラマ「龍馬伝」では児玉清さんが演じています。<br />
四代目となる長男の直方は、龍馬とは21歳離れており、温厚実直な性格で、直足の死後は龍馬の父親代わりとなりました。<br />
「龍馬伝」では杉本哲太さんが演じています。</p>]]>
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    <title>演出家からみた龍馬像</title>
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    <published>2010-06-25T04:45:53Z</published>
    <updated>2010-06-25T04:46:41Z</updated>

    <summary>大河ドラマ「龍馬伝」の演出を担当しているのは、大友啓史さんです。 大友さんが「龍...</summary>
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        <![CDATA[<p>大河ドラマ「龍馬伝」の演出を担当しているのは、大友啓史さんです。<br />
大友さんが「龍馬伝」のなかで描きたいとしている龍馬像とは、どういうものなのでしょうか。</p>]]>
        <![CDATA[<p>裕福な家庭に生まれた龍馬は、いい意味でも悪い意味でも「坊ちゃん」であったと、福田さんは考えているそうです。<br />
卑屈になったり迫害されたりすることのない「坊ちゃん」だったからこそ、差別階級が当たり前だった当時に、偏見を持たずにフラットな視線で物事をとらえ、客観的に判断することが出来たのではないかとしています。<br />
また、それが自分ではなく他人のおかれた環境であったとしても、愛情のない環境にとても敏感だったのは、愛情を知っている人間だったからだとも言われています。<br />
そういう「龍馬ならではの優しさ」というものも描いていきたいのだそうです。</p>

<p>歴史は常に勝者が語り残したものであり、薩摩や長州が語り残した正史には、土佐の人間であった坂本龍馬は、実はそれほど残されていないのだと話しています。<br />
龍馬がとった行動や具体的な動きは伝えられてはいるのですが、どんな思惑で動いたのかということは、意外に伝えられてはいないということだそうです。<br />
つまり、龍馬のとった行動をどう解釈するのかで、龍馬像というものは大きく変わってくるというわけです。<br />
今まで多くの人が、それぞれの時代にあった、違う解釈の仕方で提示してきた龍馬像を、もう一度シャッフルし直し、真っ白な状態で見直そうとしているのです。<br />
「龍馬伝」のなかの坂本龍馬をみて、「ちょっと違うんじゃないの？」と違和感を感じる人もいれば、「こっちの方が龍馬っぽい」と思う人がいというのははそのためのようです。<br />
</p>]]>
    </content>
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    <title>福山雅治が抱く龍馬像</title>
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    <published>2010-06-25T04:44:42Z</published>
    <updated>2010-06-25T04:45:45Z</updated>

    <summary>「龍馬伝」のなかで、坂本龍馬を演じている福山雅治さんの抱く龍馬像についてご紹介し...</summary>
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        <![CDATA[<p>「龍馬伝」のなかで、坂本龍馬を演じている福山雅治さんの抱く龍馬像についてご紹介します。</p>]]>
        <![CDATA[<p>今回、坂本龍馬を演る前には、多くの方が龍馬像として抱いている、「骨太で豪快でゴツゴツとした」イメージを持っていたのだそうです。<br />
そのせいもあって、龍馬役という仕事の依頼を最初に知った時は、「どうして僕なんだろう？」と違和感があったということです。</p>

<p>それが、脚本家の福田靖さんなどのスタッフの方々と打ち合わせを重ね、話をするうちに、剛や豪ではなく、柔のイメージに変わってきたのだそうです。<br />
かつての、行動力と決断力で物事と押し進めて行くという強いイメージから、スポンジのようにすべてを吸収し、最後に良いものだけを搾り出すという、柔らかなイメージに変わったということだそうです。<br />
それは、多くのことに好奇心を持ち、いろいろな人の話に耳を傾け、いろいろなことを受け入れることができる、多面的な魅力をもった人物だったことを知ったからだとも話しています。</p>

<p>龍馬が女性にモテた理由については、そこは女性から絶大な人気を得ている福山さんですから、「女系家族の末っ子として育ったため、甘え上手だったのでは」と、答えていました。<br />
男性は、男が女性を引っ張っていかなければいけないと思いがちですが、そういう男性は、意外とモテないことが多いのではないかとも話しています。<br />
その上で、女性に「何とかしてあげなきゃ」と思わせるような何かを持っている人物として、「龍馬伝」を演じているのだそうです。</p>]]>
    </content>
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    <title>脚本家の考える龍馬像</title>
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    <published>2010-06-25T04:43:44Z</published>
    <updated>2010-06-25T04:44:34Z</updated>

    <summary>大河ドラマ「龍馬伝」の脚本を手がけられているのは、福田靖さんです。 福田さんは、...</summary>
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        <![CDATA[<p>大河ドラマ「龍馬伝」の脚本を手がけられているのは、福田靖さんです。</p>

<p>福田さんは、これまでも多くのテレビドラマの脚本を担当していて、ヒットを連発している人です。<br />
</p>]]>
        <![CDATA[<p>木村拓哉主演で検事が主役のドラマ「HERO」、伊藤英明主演で海上保安庁の潜水士が主役の「海猿」、そして福山雅治主演で物理学者が事件を解決していく「ガリレオ」など、多くはヒーローものといわれるドラマです。<br />
そして今回は、坂本龍馬というヒーローを作り上げることとなったわけです。</p>

<p>坂本龍馬についてはそれほど詳しくなかったという福田さんは、「龍馬伝」の脚本を書くにあたって、いろいろな方に取材をしたのだそうです。<br />
話をして下さる方のほとんどは、龍馬について熱い思いをお持ちの方ばかりで、その方々のもつ龍馬像が美化されていることが多いということに、お話を聞く中で気づいたのだそうです。<br />
そこで福田さんは、「龍馬が『(イメージの中の）龍馬』になるまで」を、この「龍馬伝」のなかで描きたいと話しているのです。</p>

<p>また、自分自身も読んだことがあるという、司馬遼太郎さんの「竜馬がゆく」のなかの龍馬と、「龍馬伝」のなかの龍馬は、名前は同じでも、違う人物だとも話しています。<br />
「竜馬がゆく」のなかの、豪快でおおらかで、無作法な龍馬を、生身の人間として考えると、実際にはとても付き合いにくい人物ということになってしまいます。<br />
ですが、周りの人たちはそんな龍馬を許し、いつも温かく見守り、愛していきます。<br />
「龍馬伝」では、こういう龍馬に至るまでの過程を描いていくのだと話していました。<br />
</p>]]>
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